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12.果物ナイフ

 キリウ少年は、昼間から果物ナイフを片手に街をうろついていたせいで、イチゴの生まれ変わりを自称する病的な女に追い回されてしまった。しかし、通りすがりのユコがそのイチゴ女を蹴り潰してくれたので、砂糖と牛乳をかけて事なきをえた。

「刃物持って何してるの?」

「切ろうと思ったリンゴが、気圧の変化で窓から飛んでっちゃって……」

 リンゴ……!? 不摂生極まりないキリウが自分でリンゴを食べようとしていた点は、ユコを大いに和ませた。他人の食生活と政治思想に口を挟むのは良くないが、ユコは彼女が小さな頃からずっと十四歳だったキリウの友達をずっとやっていたので、多少はそういうのを心配する権利があるのだ。

「リンゴってあの、知恵の実のリンゴ?」

「もっと偏差値低そうなやつだ。昨日、うちに箱で届いた」

 一方リンゴを食べ損ねて胃がキリキリしていたキリウは、探し物が見つからないイライラが閾値を超えて、握りっぱなしの果物ナイフの刃をバリバリ食べ始めた。金属イオンを吸収するためだ。金属イオンは思春期の迷いを消し去ってくれる。

 当時から変わらぬ十四歳のままでいる彼は、ユコにとって非常に形容しがたい存在であった。他人のようでもあり、親戚のようでもあり、親のようでもあり、兄のようでもあり、友達のようでもあり、幻覚のようでもある。しかし近頃そこに加わりつつあった弟という選択肢は、これまで以上に彼女を混乱させるものだった。

 見た目どころか中身まで永遠の少年とかいうものと付き合っていると、いつまでも同じ関係を保つことは、難しいところがある。

「銀色の変なリンゴ知らないか?」

 キリウが果物ナイフの柄を近くのゴミ捨て場に放って、目を血走らせながら切羽詰まったように尋ねるので、路地に面した窓が嫌がって音を立てて震えた。生理的に無理とかで、亀裂が走ったものもあった。

 ユコは向かい合った彼の後ろの方へ、直感的に意識を移した。そこで、塗りつぶしたような黒い人型の何かが銀色のリンゴを片手に消えていくのを見て、ぞっとした。オバケ見ちゃった。