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11.トラントラン

 かように荒みきった街には、眺めているだけで心の荒む動物が居付くのだ。舌を切られた野鳥、あばら骨の浮いた野良犬、猫せんべい、バジリスクなど、人間とそれなりに同居していた。しかしその中でもやはり、骨聖霊(モノグロ)だけはめったに見かけないのだった。骨精霊は、おおよそ人間とは重ならない生息域を持つ生物だからだ。

 その骨聖霊の中でもまた珍しい、変異個体という事実上の奇形であるトランが路地で漂っていると、今日は薬害エイズ以外のことを考えられないでいるキリウ少年が、それを捕まえてこう尋ねた。

「ユコ知らない?」

 トランというのはそいつのニックネームであった。トランは、自分の尻尾を無遠慮に掴んでいる悪魔の顔を知っている。そしてそいつが苦手で嫌いなトランは、しばらく脚をぎょろぎょろさせていたが、やがて身体をよじってその手に噛みついた。

 骨聖霊は、大きな一つ目とネコみたいな三角の耳のようなものを頭部に持つ、骨質の体をした生物だった。ちょうど脊椎動物の、背骨から肋骨が出ている様を思わせるフォルムというか、本当にその手の骨格標本が浮いているみたいだった。頭がついた背骨だけの身体から、肋骨のような四対八本の脚と、その背中側から二対四枚の硬い羽根が生えており、背骨にあたる部分の末端は尻尾となっている。

 トランが容赦なく歯を食い込ませてくるので、キリウはトランの尻尾から手を離した。本当に痛くて涙目になっているキリウをほったらかして、トランは関節をぎょろぎょろとうごめかせて、適当に漂っていた。

 キリウは血まみれになった自分の手を見下ろして、また薬害エイズのことを考えた。そして腹立ち紛れにトランの後ろ姿に、たまたま持っていた銀色のリンゴをぶつけたので、トランの目もぎょろぎょろ回った。

「ユコはどこにいるの?」

 それで、こう見えてトランはユコの友達なのだ。

 拾い上げた銀色のリンゴに空を映しながら、キリウも彼をまねてぎょろぎょろしてみようとした。しかし彼には、何をぎょろぎょろさせればいいのか分からなかった。その間も、トランはずっと八本の脚をぎょろぎょろさせていた。

 気を取り直して、キリウは言葉のナイフでリンゴを切ることができるだろうかと考えた。そして銀色のリンゴに、思いつく限りの悪口雑言を浴びせかけた。続く執拗なモラハラに耐えかね、リンゴは赤くなったり青くなったりして、最後に土気色になって二つに割れた。

 トランは脚や羽ををぎょろぎょろさせながらそれを眺めていた。

「ユコどこ?」

 免疫細胞を震わせながら、キリウは無意識のうちにぎょろぎょろと笑ったが、手元のリンゴの断面から黒い液体が溢れ出したのを見て、一気に嫌そうな顔になった。

 トランはぎょろぎょろしていた。