トラン、そう、骨精霊のトランだ。灰白色の身体は先天的な異常により矮小で、脚の数もおかしい。よだれをいつも垂らしているのは、おそらく顎の形が歪なことに因り、仕方なさすぎる欠点のひとつだ。
キリウ少年はその小さな友人について、それ以上のことを知らなかった。なのにふと今、トランがよだれを垂らさずに生活している姿をどこかで見たことがあるような気がしたのは、なぜだろう。
車窓の中の代り映えしない景色に何かを探す彼の向かいで、コランダミーが悲鳴を上げた。トランにかまっていて、指を咬まれたからだ。
キリウはとくにトランを突っつくこともせず、コランダミーに大丈夫かと尋ねた。まさかトランが力を加減できたのか、運がよかったのか、コランダミーの指には傷一つついていないように見える。キリウだったら、血まみれにされるところなのだが。
不満げにばたつくトランをなんとか腕に抱えたまま、コランダミーもまた少々不満げに頬を膨らませていた。
「この子、なつかないの?」
彼女が尋ねた。彼女はキリウとしばらく過ごす中で、どうやらキリウもトランになつかれていないことを不思議に思ったようだ。
なつかないわけじゃないけど、俺は昔から嫌われてる、とキリウは答えようとした。
「なつかないわけじゃないけど、俺は昔から嫌われてる」
「なつくの?」
だから……なつくと思う。
「だから……なつくと思う」
「ずっと一緒?」
ずっと一緒?
「ずっと」
キリウはオウム返しをしそうになって、口をつぐんだ。
なぜか、自分がその問いに答えられない気がしたのだ。舌足らずなコランダミーに、おのれとトランとの関係を聞かれたこと自体は理解していたが、ずっと一緒? いつから? 生まれた時から……ではないのだ。三三七半期を丸めたくらいから?
そうこうしているうちに、コランダミーの腕を抜け出したトランが、今度はキリウの頭に横からしがみ付いた。やられてみれば分かるが、これは単純なようですごく痛い。骨精霊なる生き物は、人間に愛されるためになど生まれてきてはいないのだろう。実際、人間を好む骨精霊も、骨精霊を好む人間も、フェティシズムの類を除けばほとんどいない。
だが、トランはひとりで生きていくことだってできないのだ。うろついているだけで大きな眼球を年がら年中破裂させ、身体をひび割れだらけにして這いずり回る日々を、生きていると言うならば別だが。
いや生きてるよそれは。
失礼な奴、ほんとに失礼だな。反省しなさい、先生が見ている前で反省しなさい。見られて嬉しいですか?
キリウは傷だらけの手でトランの首根っこを掴んで引っぺがし、わしゃわしゃ動く関節の塊を丸め込んで、
鐘が告げる時間だ。立ってなさい・立ちなさい。先生は泣き寝入りする子が嫌いです。雨に降られるとき、あなたが罪を犯したか犯していないかに関わらず、それは
まるで独り言みたいにつぶやいた。
来ます。罪
忘れっぽくてね。
「忘れっぽくてね」
「なんで?」
を犯していない者は傘を持たなくても濡れないでしょうか? うああ、あああ気持ちわる。濡れるものはゴミ袋に入っていなさい・入り
なんでって……。
「なんでって……」
なさい。入れなければ、入る大きさにして入ってください。驕れるものは奢ってください。奢れなければ、この……甲斐性なし! 王様の服を燃やした焼却炉は無くなりました。裸で雨に打たれるあなたはステキです。いまに鉛の雨が降ります。先生はあなたたちが心配だから給食費で飛びます。
痛ましくて見てられません。
「痛ましく」
「?」
これは愛です再来年あたりの愛のカタチです。
「あ……ジュンはなんでも覚えてただろ?」
「うん!」
「ちょっと羨ましかった」
キリウは苦笑いして、性懲りもなく指を咬んでくるトランの頭を、反対の手で撫でた。彼はトランを見るたび、おのれが何かすごく色んなことを忘れてるような気がして不安になった。
せめて次に降りる駅の名前を忘れないようにと、彼が赤いマジックで手の甲に刻んだ、彼自身でも判読不能な文字の上を、果たして血混じりのよだれが垂れていく。