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1.非実在電波少年殺害事件

 春先の頃だった。咎浜区の某所でキリウ君の惨殺遺体が見つかったのは。

 キリウ君はジュンの同い年の兄だった。つるつるした空色の髪、ギラつく真っ赤な瞳、何考えてるんだかわかんない虹色の脳みそ、無駄に身軽な細い身体。好きな食べ物はカステラ、嫌いな人は馴れ馴れしい人、趣味はラジオ番組にメッセージを送ること。ジュンと似ているようで似ていない、その全てを冷たい空気に曝け出して、彼は真夜中の建設現場に打ち棄てられていた。

 というのは後から聞いた話だ。身元を証明できるものを持ち去られていたキリウ君の行方をジュンが知らされたのは、それから実に二週間も経過した後のことだった。あろうことかその時キリウ君はすでに火葬まで済まされており、駆け付けたジュンを待っていたのは、ブリキ缶に詰め込まれた彼の焼け残りだけだった。そして発見時の遺体の状態を聞くに、どこからどう考えても滅多刺しにされて殺されているにもかかわらず、当局はこの件をろくに調べずに事故として処理してしまったらしい。

 もっとも、仕方がないことなのかもしれなかった。この街には、どこで作られたかもわからないような子供が多すぎる。世話する大人も足りないのにだとか、税金で飼われているくせにだとか、生産所付属の養護施設にもそういった市民の意見が届くくらいだったのだ。なんにもならない子供いっぴき、納期に追われる建設現場から死体が戻ってきただけでも幸運だったのかもしれなかった。

 そう思い込むことでしか、当時のジュンは正気を保っていられなかった。

 率直に――頭のネジが何本かイってる兄だったけれど、ジュンにはいつも優しかった。同い年で兄も弟も無いだろうと思っていたのはジュンだけで、たった数秒早く摘み取られただけの彼は兄になることに至極乗り気だった。くれと言わなくても与えてくれたし、助けてと言わなくても手を貸してくれた。分け合うときはいつも、どちらがよいかジュンに選ばせてくれた。他に褒めてくれる人もいない、二人きりの間でそんなことをしても彼には何の得も無いのにだ。

 キリウ君の死体は区の共同墓地に埋められた。救いと言えるのは、いつかジュンが死んだら一緒に埋めてもらえるであろうことだけだった。何せ兄弟だ、生まれたロットも学習プログラムのクラスも施設を出てから生活していた世帯も一緒だったのだ。これだけやって入る墓が違うことがあろうか? その希望的観測は、半身を失ったに等しいジュンの心にとってあまりにも毒だった。脳みその形を失くしてしまうほどに。

 だからだろうか、せいぜい数ヶ月前の出来事だというのに、極度のストレスからジュンの当時の記憶は靄がかかったようにぼんやりとしてしまっていた。放ったらかしにしてきた全てのこと、いま説明できているこの事件に関する多くのことを自分の口で説明できるようになったのも、つい最近のことだった。

 ジュンは後悔していた。ショックで寝込んでなんかいないで、しっかりしていなければいけなかったのは自分なのに、ジュンときたら兄が死んだことの届け出も民生委員任せだった。兄の死因について当局に異議を申し立てることもできなかった。思いやってくれる僅かばかりの人たちにも、たくさん迷惑をかけてしまっていた。

「ぼくは生きなきゃならない。誰が何のためにキリウ君を殺したのか知らなきゃならない」

 散髪から帰ってきたと思ったら唐突にそんなことを言い出したジュンを、埃をかぶった人形少女のミーちゃんが半分伏せたガラス玉の目で見つめていた。ジュンは兄以外で唯一信用できる存在である彼女を、再び起動することに決めた。ずっと近くにいてくれたのにひどく久しぶりに見たような気がする彼女は、困っているようでも悠然としているようでも慌てているようでもあったが、ジュンの気持ちが確かであることを感じ取ってか、微かな稼働音を立ててにこりと微笑んだ。

 後から思えば、この時のジュンは、何でもいいから生きる理由を作らなければ生きていられなかっただけなのだ。けれど自分なりに、現実と向き合う方法を探していたのだと思う。